神崎聡(こうざきさとし)夢からはじまる
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まだまだ続く祭り・イベント・恒例行事

10月11月の土日は本当に秋の行事が目白押し。今週も川崎町でふくし祭り・まつり産業祭まつりふっとうてん、添田町の男魂祭に出かけた。また、隣組の権現際もあり、地元の行事・イベントは、日常顔を出せなくなったからこういう機会に参加させてもらって、できるだけ共有していかなければならないと思う。祭りはまだまだ続いているけど、今日は雨のため、マラソン大会や歩こう会が中止となった。

男魂祭は英彦山深倉で、英彦山は古来神の山として信仰されていて、御祭神が天照大神の御子の天忍穂耳命(あめのおしほみのみこと)であることから、「日の子の山・・・日子山」と呼ばれた霊山。男魂岩は、昔、あまりの悪さをする天狗を権現様が怒り、天狗の子供を大きな岩に代えてしまったという伝説が残っている。そそり立つ奇妙な岩を天狗の子供の化身バイといって、これを男魂岩と名づけ、男の神様として祭っている。

 小雨で写真写りが悪く、何年ヵ前の写真です。

 今日は雨でビニールに覆われていましたので、これも前の写真。

隣組(殿町)の権現祭りは100年以上も続いている。毎年の事だけど、「権現」の由来を話があり、これを次の世代に継承しなければという思う。権現は日本の神の神号の一つ。日本の神々は仏教の仏が仮の姿であらわれたものであるという本地垂迹(ほんじすいじゃく:仏教が興隆した時代に表れた神仏習合思想の一つ)思想に基づいた神号である。権という文字は「権大納言」などと同じく「臨時の」「仮の」という意味で、仏が「仮に」神の形を取って「現れた」ことを文字で示している。

英彦山神宮の通称「彦山権現」。日本三大修験道の一つであり、「英彦山」という山名は、社伝では天照大神の御子である天忍穂耳尊(あめのおしほみみ)を祀ることから「日子山」と呼ばれるようになったとしている。819年に僧・法蓮が山中で飛来した鷹の落した羽に「日子を彦と改めよ」と記されているのを見て、「日子山」を「彦山」に改めたとされる。それと、田川はかつて「鷹羽(たかは)」と呼ばれていたという。(英彦山神宮〜勝守)今日は寺西町長と英彦山神宮司から宿題をもらった。つなぐことができるように歴史を勉強し、交渉していこうと思う。

本日(11月11日)東京では、日本大学商学部益子ゼミ(経営情報管理論)のお別れの会が行われている。ゼミの先生が8月に84歳でご逝去され、ゼミ生がみんな集まっている。僕が開花できたのも益子先生のお蔭であり、同期のゼミ生は無論、先輩・後輩本当に益子ゼミで多くの事を学んだ。「よく学び・よく飲み・よく遊び」を実践させてくれたゼミだった。昨年は参加でき、これが最後の益子富子先生とのお別れになった。今はただ御霊の安らかになることを祈りつつ、心からご冥福をお祈りいたします。東京に行きたかったなぁ。


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コメント

1. 名前:神崎聡 - 2012/11/14 21:35
メッセージどうもありがとうございます。僕自身も、田川のわからなところがたくさんあります。でも、わからなかったことを知る喜びと感動もありますし、これも人と人のつながりがあるからだとも思います。人生まだまだワクワクドキドキです。
2. 名前:藤井賢也 - 2012/11/13 00:19
お疲れ様です。 田川は地元のはずですけれど知らないことばかりです。少しずつ勉強したいと思います。 自分の故郷ですからね。 いつも貴重な情報ありがとうございます。

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